ある辺境。熱く、乾いた風がゆるやかに黄色い砂埃を巻き上げる。
乾燥しつつも群生する草が、乾いた音を立ててなびく。
陽炎のたつその地のはしに、ぽつりと一つの影が浮かんだ。
影は徐々に形を整え、人の形をとった。それは、一人の旅人だった。
色褪せた、中央に白、周囲が黒一色のぼろぼろの布をまとい、目深に被った茶色の鍔の広い帽子を片手でおさえ、口には紺色のスカーフ。
何もかも埃にまみれた中にあって、不思議とその色は鮮明だった。
小柄な旅人は、黙々と歩き続けていた。
風がやんだ。
旅人は、帽子の鍔を少し上げ、やや尖った耳をぴくり、と動かした。
やがて、甲高い獣の嘶きが聞こえるにつれ、低い地響きのような音が近づいてきた。
いったん歩みを止めた旅人は、また歩きはじめる。
水気の無い場に、津波のような音を立て、数騎の人馬が押し寄せ、旅人の前に立ちふさがった。
「止まれ!」
頭上から浴びせられた声が聞こえないのか、旅人は塞がれた横をすり抜け、ゆっくりと通りすぎてゆく。
「止まれと言ったぞ!」
騎上の、ひときわ細い男が、ひときわ巨大な身体の男へ舌を打ちつつ目配せをし、巨大な男はのそり、と自分の体格と
酷似した獣の背から降りた。左手には、短い棒のような物が握られている。
「おい」
大男は、歩み行く相手の肩に手を掛けた。
掛けた手に力をこめた時、旅人は親指で帽子の鍔を少し上げ、大男をじろり、と見上げた。
風が再び吹き始めた。旅人のまとった色褪せた布の裾が、緩やかになびく。相手の眼光に気圧されたかのように、大男は手を離した。
が、すぐに、
「待ちな。ここを通るからにゃ、通行許可証を見せててもらわねえと」
大男がそう言うと、他の四、五騎の獣からも男達が飛び
降り、旅人のぐるりを取り囲んだ。
「許可証は持っていない」旅人は初めて口を開いた。
幼げな声は口元のスカーフでくぐもっていた。大男はふっ、と鼻で笑うと、
「いやに細っこいと思や、まだガキかよ。ガキのくせに、いっちょ前の格好しくさって。俺が、世の中ってもんを教えてやる」
後ずさったと思いきや、空気を揺るがせて男は左手を右斜め後方へ薙いだ。握られた棒が瞬時に生き物の極く伸び、哀れ旅人の頭部はまっぷたつに裂けはじけたかと思われた。
しかし、残像の後を貫いた棒は、連鎖した金属と硬質の鈍い音を立て、地に這った。
「!!」
男がぐい、と身体を反らすと、棒は再び生き物の様に男の手の中に収まった。
「許可証はない」
旅人はもう一度繰り返した。
「うるせえ!」
大男は自慢の鎖棒をかわされ、頭に血がのぼっていた。
第二撃が放たれた。大男は、旅人が無造作に、羽織っていた布を脱ぎ捨て、布で鎖棒をからめとるのを見た。鋭い硬質の響きがした次の瞬間、右頬が熱い、と大男が感じ
た時には、自慢の武器は二つに分離し、後方で空しい音を立て、手元には元の短い棒が残るのみとなった。右頬から、つう、と赤いものが伝い落ちた。
「ボスっ!」
二人を取り囲み、見物にまわっていた男達が、やや驚きの混じった声を上げた。怒りの形相で前方を見た大男も、目を剥いた。
鈍く光る平たい鋲の付いた革の服に包まれているが、目の前の華奢な相手の胸は、なだらかな膨らみを帯び、帽子の飛んだその頭部から、ややくたびれてはいるが、濃い
茶色と白のストライプのしなやかで長い頭髪が、腰あたりまで流れ落ちていたのだ。
大男を睨み付ける切れ長の瞳は、うすいブルーで澄んだ色をしていた。
「……女!?」
女は足元に落ちた帽子を拾い、被った。そしてスカーフを引き下ろし、目線を変えずゆっくりまばたくと、
「アシッドの配下か?」
とだけ言った。
少年とも、少女ともつかない低声に、なぜか男達は快感めいたものを感じた。
が、それをふりきるように、
「だったらどうした!」
と大男が吼えた。
女は黙って、腰のパウチから何かを取り出し、すたすたと大男に歩み寄ると、取り出したものをぐい、と目前につきつけた。
それは一枚の、しわの寄った写真だった。
「知っているか?」
女がいうのへ、大男は写真をとりあげようとしたが女の、手を引く方が早かった。大男は幾分胸を反らし、
「知っていたとしても、こんな優男、すぐ
にくたばって鳥の餌食か、野ざらしで骨になるのがオチだぁな」
言い終わったとたん、金属のすれる音がして、男の喉元にひたりと冷たいものがあてられた。男の顔から笑みが引いた。
「エンゼルさん!」
男たちがざわり、と動いた。
「待て!」
「待て、…手を出すな。…ああ。やった。だが直接手はだしてねぇ。命令に従ったまでだ。」
「死体は食い荒らされ、血と汚物にまみれていたと聞く」
女は言った。ちり、とかすかな音がし、エンゼルと呼ばれた男の喉に、ぽつりと紅い点が咲いた。
「犯しながら食ったな?」
女が言うと、
「クヌークス族の肉は美味い、ときいていたからな。なぁ?」
男達はつられてうなずいた。
「そうか」
女がエンゼルの喉から刃を退いた、と思いきや、再びエンゼルの右頬に熱い痛みが走った。と、空気の唸る音とともに、女の手からナイフが消えた。
背後を振り向いた女は、鞭を両手に持つ細い体躯の男が、手元にナイフを握るのをみた。次いで、次々と縄が投げられ、あっというまに女の全身をからめとった。
女は立ったまま、微動だにしない。エンゼルは、一文字に裂けた右頬を拭い、岩のような拳に付いた血をぺろりと舐め、女を見てにいい、と笑った。
「あの優男、手前ぇのコレか。だがよ、怒りに我を忘れて後ろをおろそかにしちゃいけねぇな、お嬢ちゃん。戦闘の基本だぜ。しかもナイフ一本じゃ、お話にならねぇ」
別の男がぐい、と縄をひき、女は地面へ引き倒れ、砂埃がたった。
「スケの分際で、恋人の敵討ちとはな。ここは一つ、その色狂いを覚まさせてやるか。なぁ、手前ぇら?」
下卑た笑いが湧き起こった。頭領・エンゼルは、突っ伏したままの女をぐい、と片手で掴み上げ、一息で縄と、革製の服を引きちぎった。下の白いシャツのボタンが
はじけ、男はもう片手でシャツをはだけさせた。服の下から、醒める様な色白の肌が露出する。
「ほぉ…」
頭領は舌なめずりをし、女の淡い乳首を玩んだ。
「胸が小さめなのも、なかなか色っぽいもんだ。安心しな。恋人のことなんか、すぐに頭からおさらばさせてやる。おっと、暴れるな。おとなしくしてりゃ、痛い目みなくて済むからな。エサはつかまりゃ、覚悟を決めるもんだ」
エンゼルはゆっくりと女にのしかかっていった。きめの細かく、透き通るように白い肌を胸を顔を交互になめまわしながら、ぴっちりした革製の女のズボンを引きむしると、淡雪のような太ももが露わになった。うすい下着の上から陰部をまさぐり、指を鼻先に持っていった男は白けた様に舌打ちした。
「カラッカラのココも、すぐに水気であふれさせてやるからな」
言いながら再度下着の上から、ごつい指に不釣合いな微妙な動きを始めた。
ややあって、女の口からかすかにあえぎ声が漏れた。男達の間から、唾を飲み下す音が聞こえた。女は身をよじりつつ、
「言っておく。…私の身体を、むやみに刺激しないほうがいい。」
言うと、喉を少しのけぞらせて、うめいた。男の指技は、かなりのものだった。半裸体と化した女があえぎ身をよじるのへ、エンゼルは耐えかねた様に女の一部濡れ始めた下着を引き下ろした。露わになった女の陰部には、見事な茶と白のストライプの毛が薄めに生い茂り、望まぬ快楽の証を留め所々湿り光っていた。
エンゼルは、女の下着を膝まで下ろし、陰部へじかに指をあてがうと、緩やかに擦り始めた。程なく、湿った音が立ち始め、指が上下する度、ぴくんと女の体がはねた。
恥辱にまみれた女はかっと目を見開き、唇を噛み締めている。指を滑らせ、突き入れる程に、音の立つ箇所より、濃厚な甘い香りが立ち昇った。エンゼルは獣のようにう
めくと、指を引き抜き、自分の腰のベルトを外し、ズボンを下ろして女の上に跨った。
ふくいくたる甘い香りに引き寄せられるまま、身を反転して女の局部へ顔を突っ込んだ。ぴチャぴチャという音と連動して女の身体は跳ね上がり、汗の滴が砂に吸い取
られた。エンゼルは、頭の中で、女の表情が序じょに左右均等の快楽の極地へ達していく様を思い描きつつ、いつしか女の肉付き豊かな両足を持ち上げ、淫液の滴る会陰
の先、淡い色の窪みへ夢中で舌をくじり挿し込んでいた。
と、いきなり、窪みが外側へ硬く膨らんだ、ような気がし、エンゼルは今までに無いその部分への違和感に、身体を起こして思わず覗き込んだ。淡い土色とも、薄茶のま
じった桃色ともとれる皺に縁どられた窪みは、少し盛り上がって見え、唾液の泡をつけてぎゅっと縮まるかと思うと弛緩し、静かに伸縮、収縮を繰り返している。
感じているな、とエンゼルは思った。すぐにはイかせないのが身上だった。じらす間の女の顔をじっくりとみるのが、この男の悦楽だった。
だがこの時エンゼルの視線は、膨らんでは引っ込む窪みの律動に釘付けになっていた。
膨らみは、少しずつ増している様にみえた。淫液を付けた指で膨らみを撫でると、女の口から何とも言い難い濃密な呻き声が洩れ出、腹部から男の全身へ強烈な快感が走
り抜け、全身の毛が逆立った。
「け、…警告…はした…ぞ…」
女が呻き声とともにそう言った刹那、それまで窄んでいた窪みの穴が一気に開放され、穏やかな、だがどこか袋から空気の抜けるのに似た
音がしたかと思うと、ぬるい風圧とともに頭の中から鉄鎚で打ちつけられたような打撃と目の裏で激しい火花が散った直後、猛烈に臭いガスがエンゼルの顔面に吹き付けた。「ぐ、むぐぅうっ!!」白く滑らかに盛り上がった割れ目の中に穿たれた、小さな窪みから、スプレー状に黄白色の霧が、厚い雲と化してねっとりと周囲に拡散していく。
「ぐがぁあ!」
「うげえ!」
ある者は涙と鼻水をたれながし、だらだらと涎を流しつつのけぞり、痙攣し、ある者はくせぇ、くせぇと言いつつ地面を這いずりまわり激烈な臭気から逃れようと顔面を地面へすりつけ、動かなくなった。
「む…ぐ…が…う」
臭気をもろに食らったエンゼルは、かろうじて女を指差し、何か言おうとしたが、猛臭に息がつまり、そのまま後ずさりした。寸前まで揚々と屹立し切っていた一物は、今やすっかり萎え切っていた。猛烈な匂いのガスによる吐き気をこらえつつ、涙と鼻水とでぐしゃぐしゃの顔面を地につけ、転がり回った。
よろよろと一たんたちあがり、よろめくと地響きをたて、日干しの蛙のようにひっくリ返った。辺りが静寂を取り戻し、地上を這う黄色い雲は徐々に薄まり、風に吹き払われていった。青空と照り返す陽光の下、女はゆっくりと半身を起こし、ふるり、と身震いをした。「だから、刺激するな、と言ったのだ」…あと、五発しかない。この自家製の特殊武器は、意志に応じて発射可能だが、身体が極度の興奮状態となった時威力を増して発動する。自然から与えられた貴重な六発分のガスを一発使い切った女は、ため息をついた。六発使い切れば、充填期間の一週間は、丸腰で過ごさねばならない。その間に殺られないとも限らないのだ。生きながら食われた男は、捕らえられた際、ガスを使い切っていた。
「後ろをおろそかにしないのが、戦いの基本、か」
そう言うと女は悶絶している男たちを見回した。破かれた服の断片を取り、涎でべとべとになった陰部と大事な窪みを拭い、裏返して汗まみれの胸を拭うと、ひきずりお
ろされたままになっていた下着を履き直した。引き裂かれた服の前をかきあわせると落とした色褪せた布を拾って身を包み、一呼吸置いて立ち上がった。吐しゃ物まみれ
の双鞭使いの男の傍に、女の愛刀が落ちていた。刃渡り23センチ程の肉厚の刃に、使い込まれ鈍く光る木製の柄。やや下に精緻な刻印が彫刻してある。女と、謎の凶信
組織アシッド率いる者に侵され殺された男の無念と、惨殺された一族の嘆きと怒りの血脂の染み付いた、一族の印だった。刃を砂にくぐらせ、羽織った布で拭き取ると、
女はそれをベルトにはさんだ。全身の砂泥と砂埃をはたき落し、帽子を目深に被り、かろうじて残った胸ポケットのなかの写真を確かめるようにさすると、女はまた歩き
始めた。
遠ざかる旅人の姿を、熱い陽光が覆い、地にくっきりと影を落とす。
やがて人影は、幻の様に揺らいで、ただっ広い砂と草地の果てへ消えていった。
_END_
戻る