すみー、ごはんよー」
「い~ ま~ い~ く~」
寝ぼけた目をこすりながら布団を出て行く。
「お~は~よ~。今日は日曜じゃん」
「何言っているの、あなたデートだって言ってたじゃない」
「あっ!」
「よかったー、まだ大丈夫だ」
「朝御飯ちゃんと食べて行きなさい」
「ふぁーい」
安心したのか、あくびをしながら返事をするこの子は都内の私立高校の3年生、野中かすみである。
一件普通の高校生に見える彼女、実は特異体質の持ち主である。その体質とは・・・
「パパ、おはよう」
「あぁ、おはよう。何々、毒ガス事件いまだ原因わからず、被害者の男性は重体、半年前の事件の被害者は・・・亡くなったのか・・・」
かすみは一瞬ドキッとした。
「かすみ、駅から帰ってくる時にあの道を使うのはやめるんだぞ」
「は~い・・・」
「お父さん、新聞を読みながら食事するのはよしてください!」
「あ?あぁ」
「それよりお父さん、そろそろ出かける時間じゃないの?ねぇ、かすみ、食事終わったらちょっと話があるから」
「うん・・・パパ、今日も仕事?」
「あぁ、急な会議でな・・・」
「お父さん、会議であの大きな耳掻きみたいの使うの?」
「えっ?あ、あぁ。さぁ!行かなくちゃ・・・」
「お父さん!」
「パパ、行ってらっしゃい」
父を見送り、食事をするかすみであった。
食器を片づけ出かける準備をしていると、母が何か言いたそうにやってきた。
「かすみ・・・」
「・・・ママ、ごめんなさい」
「謝る必要は無いの、相手が悪いんだから・・・この体質は、私たち女性に受け継がれる宿命だから」
「・・・」
「前にも話したけど、私たちの御先祖さまは、昔々の戦や戦争から敵を抹殺するため、体を使う武器として強烈なオナラガスを出せる体質になったの。昔は薬を使っていたらしいけど、今では体質が変わって、何も使わなくても威力のあるガスが出せるようになったのよ」
「いつ話そうか迷っていたけど、あなたがそれを初めて出したとき・・・」
時はさかのぼり、6年前の初夏、かすみが小学6年生の時の話である。
学校の帰り、そう、まだあの道がそんなに危なくない頃、彼女は友達と別れ一人で歩いていた。
ふと、前を見ると大きな野良犬が彼女の行くてを塞いでいた。そのまま行こうか一度戻ろうか考えながら立ち止まっていると、大きな犬は急に吠え始めた。怖くなったかすみは、蛇ににらまれた蛙のごとく身動きが取れなくなってしまった。べそをかき始めると犬はだんだんかすみに近づいてきた。犬がそこまでという距離に近づいたとき、かすみは反射的にゴムマリのようなお尻を野良犬の顔向け
かわいい蕾にに力を入れた。
「バフォッ!」
かすみは今までやったことのない大きなオナラをぶっ放した。白地に水色の水玉模様のかわいいパンツの上からだったが、かすみのはなった黄色いガスの強烈な臭いは辺り一面に広がり、真っ正面にいた犬はそのガスを浴びた。その臭いは今ほどではないが、それでも卵を腐らしたような強烈な臭いで、スカンク並だった。ただでさえ、鼻が利く動物にその臭いはきつかった。犬は「キャイン!キャイン!」と泣き叫びながら逃げていった。
恐怖が過ぎ去った後、彼女は泣きながら家に帰ってきた。異常な様子と、パンツのお尻についた黄色のしみ、鼻を突く臭いで事情を聞かずとも、その状況がわかった母は自分たちの武器の使い方や宿命を話した。まだ小学生のかすみには難しい話だったが、事のすべてを話し、オナラガスをしばらくは使わないように言い聞かせた。かすみももちろん使いたくないと思っていたので納得した。女の子に生まれてきたかすみを母は不憫に思え、恥ずかしい事をさせたくない思いとオナラガスの恐ろしさを考え、今後武器を二度と使えないよう、そのまま封印しようとしていた。
ところが去年の夏の始めに、彼女を襲ったある事件が彼女の本能を目覚めさせてしまったのである。かすみのガスの威力は恐ろしいほど強くなっていた。
「ごめんね、ママ。・・・でも、私もママの子だから、この武器は有効に使います」
「かすみ・・・」
かすみは開き直り、
「ところでママ、ママは今までこの武器を使ったことは?」
とたずねた。
ママは急に自信ありげに、笑顔になり
「そうねぇ、何回もあるけど・・・アレは20才ちょっと過ぎた頃だったかしら。ママねぇ、お父さんの前に好きな人がいてねぇ、その人とデートした後帰るときだったわ。一人で歩いて帰る途中で5台くらいのバイクに囲まれちゃって、いきなり服も脱がされそうになったの。後ちょっとで襲われそうになったとき・・身を翻して・・・」
「お見舞いしたの?」
「そう、ウント濃いのをね。顔にモロかかったわ。苦しんでる相手を見て、目は潰れたなと分かったわ。それを見て怖くなった他の男たちがバイクに乗って逃げようとしたの」
「どうしたの?」
かすみは体が熱くなり、その話に耳を傾けた。
「そのころのママのガスってね、臭いが半端じゃなかったものだから、バイクの方にお尻をむけて発射してやったの。オナラガス辺り一面に広がって、あまりの苦しさに、その場でのたうちまわってた」
「ママ、凄いッ!」
「ただ、1台だけ体制を立て直して、こっちに向かってきたの。だからママも四つん這いになってお尻を突き出し、思いっきりおなかに力を入れてブワァーッと」
かすみは目を丸くしながら聞き入った。
「そのころのガスって風圧もすごかったのよね、、バイクが10m近く吹っ飛んじゃった、相手もさすがに頭を打ったりして動けなくなってた」
「その後は?」
「その後は・・・」
急に真顔戻り
「この間話したけど・・・私たちの顔を見られたらどうするんだっけ?」
かすみは、急に真顔に戻ったママを見て、一瞬沈黙の間を置き
「あっ・・・」
かすみはうつむいた。
「そう、顔を見られたら後々問題になるから・・・」
母は話を淡々と続けた。
「その後、一人一人にまたがり体中に毒ガスを吹きつけてやったわ・・・あのころってガスの威力が臭いも、酸の強さも一番強かったから・・・」
「相手は・・・体ごと溶けていったわ骨も残らずに。結局そのことは怪奇事件になってうやむやになったの。彼にはもちろんばれなかったけど、別れちゃった。お父さんと知り合ったのはそのちょっと後だった。それから2度とあの武器を使う事が無くなったわ」
ちょっとした沈黙の後、
「ねぇ、かすみ」
「何?ママ」
「確かにあなたのガスの威力は強くなってきているわ、おそらく私が18才の時よりも。一撃で相手を倒せるわ。だから、顔を見られたら・・・」
「分かってるっ!」
かすみは下を向き体を振るわせている。目もちょっと潤んでいる。18才にとって相手にとどめを刺すことは酷かもしれない。しかし、正体がばれたらもっと問題になる。武器を使う以上はそのつらさも教えなければならない。
「つらいかもしれない、けどこれも宿命なの。武器を使うか使わないかはあなたの判断に任すわ、けど、使ったときはそれを覚悟しなさい」
かすみは黙ってコクッとうなづいた。
母はまた笑顔に戻り
「さぁ、今日はデートでしょ?裕君がお待ちかねよ」
「いけないっ!早く着替えなきゃ」
あわてて部屋に戻り着替えをするかすみであった。今日着ていく服は昨日の晩に準備をしていたのですぐに着替えられる。暑い日なので白のワンピースにしたから時間もかからなかった。しかし、下着だけは気をつかった。
「今日は・・・」
薄いブルーのブラとパンティー。このパンティーは市販のパンティーを母が改造をした物であった。そのパンティーは横の所にワンタッチフックが付けてあり、すぐにフックがはずせてパンティーが脱げるようになっている。勝負下着といいたいとこだが、まだ、彼とは一回デートをしただけで手もつないでいなかった。おそらく今日も何もない。かすみがそのパンティーを脱ぐときは・・・
「よしっ!準備万端」
彼女はチラッと時計を見て
「やばいっ!駅まで走らなきゃ」
と叫び、部屋を飛び出してきた。
「ママ、行って来るねー!」
「行ってらっしゃい。早く帰ってくるのよー」
「ハーイ」
返事が返ってくる頃には玄関の閉まる音が聞こえていた。
かすみがあの武器を使うこと当分ないと思っていたが、そう遠くないうちに使うことになるとは母親もかすみも考えつかなかった。
祐は駅の改札前で落ち着きの無い様子でかすみを待つ。学校でも人気のある彼女とデートできるからだ。
かすみは容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と男にとって申し分ない理想の女の子である。その女の子を独り占めできるとあって、普段は全く気を使わない洋服などもビシッと決めてきた。
とは言ったものの、祐の身長は160cmと普通の男子に比べれば背も低く、成績はお世辞でも良くはなかった。まさに「月とすっぽん」みたいなカップルだ。祐はかすみが彼女である事をまだ信じられなかった。前の彼氏と別れ、雨の中の公園で泣いていたかすみに声を掛けたのがきっかけで今日に至っている。
「ちょっと来るのが早かったかな・・・」
祐は待ち合わせに遅刻しないよう三十分も早く来ていた。学校は寝坊で遅刻をすることも時々あるにもかかわらず、こういう時は目覚ましが無くても早く起きられる。
2度目のデートともなると少しは余裕が出てくるが、内心はドタキャンされたかと疑う気持ちもあった。ちょっとの時間でもこういう間は長く感じるものだ。
まもなく、商店街の方からすごい勢いで走ってくる、白のワンピースにショートカットの女の子がいた。かすみである。
彼女は息を切らしぜいぜい言いながら
「ご、ごめーん。待った?」
と、声を掛けてきた。
二度目のデートという事も有り、男らしくビシッと決めようとした祐だったが、彼女の一生懸命の姿とその笑みに、祐はもうメロメロになり
「い、いやぁー全然」
と照れながら答えた。彼女の前で緊張したせいか思わず声が裏返ってしまった。
その答え方がおかしかったらしく、彼女はくすりと笑った。
「それじゃー、行こうか」
「うん」
こうして、かすみと祐は出かけて行った。
二度目だから・・・と、さりげなく伸ばした祐の手がかすみの腰に当てられた。かすみはその手をピシャリと軽くたたくとその手は元に戻っていった。二人は顔を見合わせくすっと笑い、祐はもう一度手を差し伸べた。かすみは2度目を拒まなかった。
映画を見て、食事をして買い物に出かけるという極ありきたりなデートだった。それでも、二度目のデートで二人は満足だった。かすみと過ごす時間はあっという間にたち、その時間はあまりにも短く感じられた。授業などのたった一時間が苦痛でたまらなかった祐も、このときばかりは時が止まってほしいと感じた。
しかし、明日の学校の事も考え今日はかすみを送って帰る事にした。
駅を降りてかすみの家のほうに向かった二人は、商店街を抜けしばらく表通りを歩いた。途中の交差点のところで立ち止まりかすみは考えた。
(このまま、まっすぐバス通りを行けば安全だけど遠回りになるし、あの道は・・・)
祐なら変な気を起こす心配もなかったので、近道のあの忌まわしい事件があった林の道を抜けていく事にした。しかし、この判断が二人の運命を大きく変えるとは誰が予想できただろう。
人家がとぼしくなり、例の林の道が近づいてきた。前回は祐と駅で別れていたためこの道を通って帰宅するのは、今日が初めてだった。戻って表通りを帰る事も今さら出来ないので、迷わず林の道に入っていった。
今日も人通りがない。中ほどまで歩いてくると二人の間に妙な空気が流れはじめた。かすみは耳を凝らすと祐の息遣いがだんだん荒くなってくるのがわかった。
まずいなぁーと思った次の瞬間!祐はかすみに抱きついた。
「きゃっ!」
祐は抱きつきながら、自分の顔をかすみの顔に近づけ、唇を奪おうとしていた。
いきなりだった事と、過去の記憶がよみがえり、かすみは身構えてしまった。体の中からこみ上げる熱いものを感じた。お尻の辺りが疼く。
「やめてっ!」
かすみは祐を突き放した。祐が次の瞬間、飛び掛っていたら、あの地獄の惨劇が繰り返されたかもしれない。
ところが祐は
「ごめん・・・」
と言い、下をうつむいてしまった。
かすみは自分のとってしまった態度を後悔した。祐に悪気はない。それに気づいたとき、胸がキュンと締め付けられる思いがした。かすみは祐に近づき、両手で祐の頭をそっと包み、唇を合わせた。かすみは前の彼氏と付き合っていたとき、色々な経験をした。が、祐はかすみが初めてだった。二人だけになったとき、ああいう行動をとってしまったのも無理はない。
かすみの体から発せられる甘い香りに祐は酔いしれ、ほんのちょっとであったが至福の時間を過ごした。
二人はしばらく見詰め合っていた。
「かすみ、ありがとう」
「ううん、でも今日はここまでね」
「ちぇっ」
「もう少し女の子の気持ちが分かったら・・・続きはその時のお楽しみ!」
お預けを食らった割には爽やかだった。二人は気を取り直しかすみの家に向かった。あと数分も歩けば林の道を抜けかすみの家だった。ところが、最後の最後で悲劇は訪れた。
つづく
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